勝間和代さんの最新刊『
断る力 (文春新書)』を昨夜半身浴中に読了。
以前から勝間さんの他の著書で度々触れられている”アサーティブ”であることの効用と、そのための具体的な方法と哲学が小さな新書にまとめられていて、まさに今の自分が読むべき論点だったのでとてもよかった。
勝間さんの過去の体験談も織り込まれていて、ここに例として書かれた本人や関係者は絶対に気づく内容なので、これを書くこと自体にもアサーティブであることが必要だったはず。
でも、そんな「嫌われることを恐れない」姿勢で、かつてご自身がこのことに気づき、人生の転機となったのが34歳という年齢に達してからのことだったことを憂い、私たちにも早く気づき幸せな人生を送れるように導いてくれているのだ。
最も印象に残った内容のひとつは、
「私たちは自分の扱い方を人に教えている」ということ。媚びたり下手に出たりしたら、相手が上から目線になるのは当たり前。
日常的に媚びを発揮しているつもりは全くないけれど、仕事において、上司に対しては2~3割、同僚に対しては3~4割ほどは、対立を避けるために自分の主張を飲み込んでいる部分があるので、そういう意味では相手によっては”下手に出ている”ととられても仕方ないかもしれない。
今日、会社の他部署に入ってきたばかりの、とっても性格のよい素直な印象だった女の子が、社長と部長を前に自分の意見をきっぱりと主張しているのを聞いていて、とても小気味よかった。そして、反論されても決して感情的になることなく、かといってそれですぐに引っ込んでしまうのではなく、相手の意見も聞きつつも主張を展開し続け長丁場になっていたようだけれど、最後まできちんと闘い抜いていた。
意外だったけれど、まだ日本社会にどっぷり浸かっていない彼女ならではの”アサーティブ”力だったのか、もともとの性格なのか、学ばせていただいた。
私の場合、いつも自分を攻撃してくる人に対しては必要以上に身構えてしまい、つい臨戦態勢に入ってしまうところがある。そしてあえてこちらの闘争心を煽るように、話を中断されたり、演歌口調で眉間にしわを寄せて突然大きな声を出す戦略を相手が取り始めると、そんなにそうしたければそうすりゃいいじゃん、失敗したらアンタの責任だからね!とばかりに開き直ってしまうところがある。
これでは責任を放棄していることと同義だし、こんなんでチームがまとまるわけもなく、第一”斉一性の圧力”を行使した仕事の進め方なんて、”集団浅慮(グループシンク)”が起こり、会社のためにはならないに決まってる(って『組織論』でも証明されてるし)。
ということをいつか彼らがわかってくれればといつも思うけれど、それは彼ら自身が気づくべきことであって、私にできることは私自身が1日も早く”アサーティブ”な人間になること。
今年はもう33歳、急がなくては!
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